【夫のモラハラが原因で離婚】夫に支配され私の人権を無視する夫に限界を感じた
公開日:
: 最終更新日:2016/06/28:
私の離婚体験談

現在27歳、1歳の子を持つシングルマザーです。親権は争った結果わたしが取りました。離婚したのは今から1年前の9月13日。私が26歳、相手は22歳の時のことです。
でき婚を今更後悔。夫のモラハラに精神的苦痛を感じネガティブな性格になっていった
離婚に至るまでにはいろいろありました。モラハラと一言で言えばそれまでですが、何を言っても対等に見てはもらえず、ため息と舌打ちが返事の代わりでした。子どもを産み落とした瞬間に死んでしまいたいとか、こんな親の元になんで生まれてきてしまったのかとかいった、ネガティブなことをよく考えていました。
が、終わってみればあまりにあっけなく、もうそんなに経ったのかと驚きもあり、けれどもふとした時に辛かった記憶がフラッシュバックしたりします。ひどい時は着信履歴の名前を見るだけでめまいや吐き気に襲われました。
婚姻期間は改めて書くと恥ずかしいものですが、1年半ほどでした。結婚のきっかけは、よくある「子供ができたから」というだらしのない理由です。育ててみれば子どもは可愛いし、日に日に表情やしぐさのバリエーションが増えるにつれ後悔は薄れてきましたが、未だにこんな苦労をしたきっかけを、どうすれば良かったのかを考える日もあります。
私の人権は尊重されなくなりリストカットへ。大きいお腹だったが旦那から逃げ出した
離婚を言い出したのは私でしたが、振り返ってみればそれも本気ではなかったというか、水戸黄門の印籠のつもりでした。それをいえば大人しくなる、言うことを聞いてくれると思ったからです。こう書くとまるで私が元主人を支配しているようですが、私の意見はいつだって握りつぶされ、馬鹿にされ、ならず者のように扱われ鼻で笑われるのが常でした。
そしていつも、最後の砦として離婚を切り出していたのですが、籍を入れ、子どもをおろせなくなるうちだんだんメッキは剥がれ、人権を尊重されなくなり、私は手首を切りました。心が痛いより体が痛い方がマシで、けれどあまり楽にもならずぼんやりした頭で、とにかく逃げなければと大きいお腹で逃げだしました。
調停から届いた円満調整の連絡に激怒。慰謝料30万、養育費月2万でもやむなく応じた
それから暫く引きこもっていた結果、ある日突然調停の知らせが届いたのです。離婚の話が出てから、実際に離婚届を提出するまではたった一年半でした。最初、先方から届いたのは円満調整という、やり直すためのものでした。とにかく関わりたくなくて、音信不通を貫いていればいつかしびれを切らして離婚になるだろうと甘く考えていました。
が、結果は「お互い悪いところもあったけど水に流して、また」というスタンス。バカにするのもいい加減にしろと、ようやく戦う覚悟ができたのです。慰謝料は、慰謝料という名目ではもらえませんでした。そうなるとまたゴネて長引くとの調停員さんの判断です。
額はたったの30万。養育費は月2万。最低額です。収入と、婚姻期間、子供の歳によって変動するようですが、私の場合どう頑張ってもそれ以上は望めず、やむなく手を打ちました。離婚する際に一番ネックになったことは、相手の飲み込みが悪く、話がいつまでも平行線だったことでしょうか。
私がどうにか子どもを育てながら働けないかと仕事を探す間、元主人は「仕事をやめて面倒を見るから子どもを渡せ」と言ったりしました。いろいろなめぐり合わせがあって結婚も離婚もするのでしょうが、価値観や常識も有無を見定めるのは大事なことだと気付かされました。
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