【旦那の借金の穴埋めに水商売】夫婦仲は次第に悪くなり家庭内別居を経て離婚
公開日:
: 最終更新日:2016/06/28:
私の離婚体験談

2006年だったでしょうか、私は20歳で結婚をしました。籍を入れて数ヶ月で子どもを出産しました。いわゆる授かり婚です。そこから夫と子ども中心の生活が始まり、私の睡眠時間は1日に1~3時間しかなかったです。それくらい一生懸命に自分ではですが、やって来ました。
しかし、旦那の借金が発覚し、家族でたのしく過ごしていた時間は長く続きませんでした。私が旦那の借金に気がついたのは数か月前です。何に遣ったのかを聞いても解らない、憶えてないと言うんですよ。どんだけ記憶力悪いの?思いました。
旦那が使ったキャッシングの明細を発見。義母に借金を報告すると私が働くように言われた
そして月に1回の明細書を見るとキャッシングですよ。たまにドンキだったり。何をしてたんでしょうね。不思議で仕方なかったです。借金が増え生活が危うくなってきだした頃に当時の義母に借金が増えて来た。と言う事を話したら、若いうちの借金で良かったじゃない!若い時の借金の何が良かったのか私にはサッパリ解りませんでした。
そしてトドメに何を言うかと思いきや、子どもが生まれたばかりと言うのに貴女も働いたらイイの!って。そのうちホントに生活が出来なくなったので、子どもを実母に預けて夜の仕事に行くようになりました。
夫が次の日、早番であろうが深夜1時には迎えに来る条件でした。帰りの送迎がない為、タクシーでは働いた意味がなくなるので。そして私の給料は1日17500円プラスに幾らか付いていました。
1ヶ月の稼ぎは夫の給料を超え最低でも50万はありました。自分名義のカードも汚されていたので自分のだけ借金を払い続け夫の給料からは2万のみの小遣いと後は生活費でした。
旦那の借金が原因で夜の仕事。帰宅時はタクシーがもったいないので始発電車で帰宅
そのうち夜の仕事が当たり前になったんでしょうか、夫の借金が原因で働かざるを得なかったのにも関わらず条件の1時の迎えが無くなり、しまいには迎えどころか連絡も無くなりました。そしてタクシーは勿体無い!と思って電車の始発を毎日、待つようになりました。
仲良くなった女の子と軽い食事をして朝まで子どもを思いながら始発を待つ切なさと言えば…まー毎日が辛かったですね。今だから笑えて何を一生懸命して来たのやら。そして家庭内別居が始まり、そのうちコッチが疑われるハメに…。いやいや意味が解んないよ?と思いながら過ごしました。
もちろん寝室は別ですよ。話があればノックして来てましたが寝たフリ。もう嫌気がさしてました。子どもには触れないでほしいと思っていましたからね。夜の仕事を再開して数ヶ月、夫のシフトを何となく見ました。休みはイツだったんだろうと。
今まで何も気にしてなかったですから。なんたって一緒に出掛ける事さえ苦痛ですからね。そして、そこで「あーなるほど!やっぱり」と言う事に気付きました。さて何だったでしょう?ある女の子と全く同じシフトなんです。その前から薄々、勘付いてました。聴く音楽が違う事。ススメて来る物事が女の子っぽい事。一瞬気持ち悪いですよ「何?!」と。
【財布の中に浮気相手とのプリクラ発見】家族のために働いているさなか、浮気をするなんて
私が子どもの為に働いてる間そりゃ自由で楽しかったでしょう。何も言われず自由に遊べるんだから。月日が過ぎクリスマスイヴの日、何の為に仕事をしてるのか解らなくなり12月24日だったかに仕事場ブッチ。移転したく社長に話、その日は友達とクリスマスケーキをコンビニで買い帰りました。
イヴの日とあって夫に連絡をしようかなとも思いましたが、携帯には既に連絡先なんて入っておらず連絡先を実母に聞きました。連絡すると「今、会社で呑み会!鍋屋で!」聞いても居ない事をベラベラとよく話してましたね。
そして実家に帰り子どもと一緒にケーキを食べて自宅に戻りました。自宅に戻り子どもを寝かせ自分も寝たフリです。独り言を言ってる夫が、また一層に気持ち悪かったです。そして寝たのを確認して携帯と財布と確認してみました。
おー!堂々とプリクラなんて置いてあるじゃないですか!あらま!ラブホのライターですか!めでたい男ですね!携帯は当時ウェブ上で1ヶ月分、見れたので見てみるなり出て来る出て来る証拠がイッパイ!ありがたいですよ(笑)1歳の子どもを抱きかかえ実家に戻りました。
浮気した旦那は生理的に無理!半ば強制的に離婚届を書かせました
朝から会社に連絡しました。「今日は出勤ですか?」と会社に乗り込む気満々でした。会社に乗り込み社長と話して相手を呼び出しファミレスへ。手を軽くテーブルにおいて待ってる顔が残念な女が居るじゃないですか。どう言うつもりでココに来たの?と尋ねると「何かスイマセン」とアホな答えが返って来ましたよ。
あーこの人なら不倫でも平気でしそうだねと感じていました。その日に話し合い夫と離婚届を取りに行きました。離婚届を片手に自宅に戻ると何かゴメンねと言う夫の後ろ姿に虚しさを感じました。子どもの為に一生懸命して来た事をしみじみ考えながら夫に無言での頷きを返しました。
それから生理的にムリと感じたり愛情も情も完全に消えるまでが早く離婚届を渡し半ば強制的に書かせました。実家に居た事もあり部屋が荒れ狂っていたのを覚えています。その家からは追い出し必要最低限の物だけ持たせてサヨナラです。結婚期間は1年半だったけどムダに長く感じましたね。
養育費と慰謝料の話は一切していません。気分が悪くなるのが解っていたので。調停に時間かけるのも勿体無く感じていたので、早く手続きしなければならない事だけを片付けていました。役所と家裁は行き飽きました。そしてやっぱり気分が悪いも。姓の変更手続きも完了させ新たな生活が始まりましたが、世間の目はまだまだ冷たいものです。
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