【結婚15年で離婚】亭主関白の夫に子どもを奪われたが自由を手に入れた
公開日:
: 最終更新日:2016/06/30:
私の離婚体験談

離婚当時私が35歳、旦那51歳。結婚期間は15年間でした。
私が19歳の時、16歳年上の旦那と交際。叔母の顔をたてて20歳で結婚してしまった
旦那と出会ったのが当時19歳でした。写真屋に勤めて居た時に出入りしていた業者の方でした。叔母と私が同じ職場で私がお付き合いしていい人が居ないこともあり、旦那が叔母から私の携帯番号を聞き出してしまい交際になりました。
旦那は16歳年上で私はまだ未成年でした。初めて電話がかかってくる直前に叔母から私の顔を潰さないでね。と言われ昔から叔母にはお世話になっていたので断ることが出来ませんでした。交際半年で私が20歳になった時に結婚しました。
直ぐに妊娠もしましたが、悪阻が酷く吐いてばかりでしたが会社の方がお祝いしてくれるからと動くのも辛い状態で連れ出され嬉しそうなのは旦那だけでした。安定期に入って直ぐに切迫流産と診断され安静にして下さいと医師に言われました。
全て私の意見は否定され、世間体しか考えない旦那に耐えられず離婚を決意
しかし、旦那に話しても「病気じゃない」「周りの人に聞いてもそんなこと言わない」と全く聞いてくれず毎日1時間以上歩かされた結果7ヶ月になった時には入院して子宮口を縛る手術を受けるまでになりました。付き合いが短いこともあり性格が分からず結婚して妊娠してから世間体しか考えない人なのかと気付きました。
2人目も2年後に授かりましたが元々愛情が無かったのでいつ離婚するかを考えていました。結婚したのだから好きになろうと思い、旦那にも義父母にも良い嫁になろうと努力はしましたが妊娠の時の対応で無理かもとは感じました。
2人目を出産後に義父母の家に行ったときに私の両親が後から来てくれて楽しく食事をしましたが、当時生活も変わり節約していた話しをしたら義母が両親に「息子に節約させるなんて、なんて嫁なんだ、育て方が悪い」と言われました。
母が謝ったのですが、旦那に話しても「うちの親は悪くない。聞き流せないお前が悪い」と言われました。この時に完全に離婚を決意しました。
旦那に離婚届を渡したが承諾されず。そんな旦那にストレスを感じ鬱病になって通院
直後に上の子の障害が分かり、仕事と通院で忙しくなりましたがメールで別れて欲しいと伝えましたし言葉でも何度も伝えましたが、聞いてくれず離婚届を渡しました。結婚5年目のことです。離婚するなら子供は置いていくこと、親権は渡さないが条件でした。
子供を渡すことは避けたかったので、しばらくは離婚の話は避けていましたが私が精神的に鬱になり、病院に通うようになり自殺未遂を繰り返すようになりました。ストレスの原因は旦那でした。病院でもこのままなら本当に死ぬから覚悟を決めなさいと言われました。
子供の親権は旦那に。慰謝料はないけれど結婚15年目にしてやっと自由になれました
結婚して10年を過ぎても離婚が出来ず、家庭内別居を続け、義実家では仲の良い夫婦を演じていました。家に帰るのも嫌になり、笑うことも泣くこともしなくなり、子供達がいるから離婚出来ないんだと思うようになってしまい、このままではだめだと再度離婚の話しをしました。
生活費もまともに入れなくなっていたので昼、夜働き生活の基盤を作ることから始めました。お金が無ければ何処にも行けないと思ったようです。子供達にも辛いとは思いますが離婚したいと伝えていました。下の子は薄々分かっていたようで「お母さんが笑ってくれるならいいよ」と言ってくれたので私が家を出る形で離婚しました。
慰謝料、養育費は一切なしで身一つで家を出ました。子供を盾に取られ、迷いましたがその子供の言葉に背中を押されました。結婚15年で自由になれました。子供とは時々メールなどで連絡はとっています。
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