夫婦喧嘩がきっかけで協議離婚。養育費を月9万円請求され生活困難に
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: 最終更新日:2016/04/19:
私の離婚体験談

私が離婚したのはつい最近のことです。婚姻期間は11年、私は初婚、嫁は2度目の結婚でした。離婚当時、私は33歳、嫁が34歳、子供は嫁の連れ子が15歳、二人の間にできた息子が11歳でした。
軽はずみで言った離婚話に嫁はすんなり承諾し、わずか1週間で離婚へ
離婚を口に出したのは私のほうでした。その時は本当に離婚する気など全くありませんでした。ただただ、日々の些細な喧嘩に疲れていたので、「小言が減るかな?」程度の軽い気持ちだったのです。しかし、嫁から慰謝料や養育費の話がすぐに出てきて、一気に話が進みました。1週間も経たないうちに、私たちは離婚届にサインしたのです。
その後も一緒に暮らしながら、協議を繰り返しました。子供に関しては、できるだけ家族でいた時と変わらない生活を送らせてあげたいと私は思いました。養育費に関して、嫁の請求は月11万でしたが、話し合いの結果、9万に落ち着きました。
この金額と「親権は嫁に」「家電は全て嫁のもの」「貯金・保険解約金は全て嫁のもの」と決まった時、今後の私の生活は本当に厳しいものになると絶望しました。離婚条件はほとんど嫁に有利で、一時はおさまっていた喧嘩もますます増えました。
親が離婚したせいで子供が転校。子供の生活を守れず親の責任を痛感
それでも我慢して一緒に暮らしていたのは、私の生活が苦しくなるのを避けたいという思いからだけでありません。子供達の生活を守りたいという気持ちが大きかったからです。離婚と同時に県外へ引っ越すことが決まっていたので、子供達には大きな負担でした。
上の子は中学3年生。知らない土地での受験と通学は不憫だと思います。下の子も仲良しの友達と離れ、一からの友達作りはかわいそうです。そのことについて、嫁は「あなたには関係ない話」と言うだけで、本当に子供のことを考えているのか不安になりました。しかし結果として、家族の生活を守ることができず、離婚届を提出しました。
給料日まで半月も残っていたある日、嫁は1万円だけ置いて家を出ました。残ったのは、私のベッドとパソコンだけ。これからどうやって生活を送ろうか何度も考えましたが答えは出せず、寂しさと不安だけが募りました。
一人暮らしは気楽だけど、養育費の支払いが苦しく離婚を後悔
月々9万円の請求は、私にとっては本当に厳しく、生きるためギリギリの生活を送っています。離婚して2ヶ月以上経った現在でも、家電すら買うことができません。食費を切り詰めるため、パスタを主食とし、毎日モヤシを食べています。たまに卵や納豆を買い、何とか生きている状況です。
あの時、離婚しようと軽々しく言わなければ、貧乏で寂しい生活にならずに済んだかと思うと、後悔することもあります。しかし、気が楽なのも事実です。ただ一つ、気がかりなのは、下の子がこちらに帰りたがっているということです。私も帰ってくることは構わないと言っているのですが、嫁は我慢するように子供を説得しています。
離婚協議中、唯一私が嫁に意見したのは子供のことです。私は「子供は嫁の人形ではない。子供に無理はさせず、選ぶ権利を持たせてやってほしい」と何度も言いました。今、その唯一の約束が守られそうにないのが不安です。
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